アンダルシア

 

ヨーロッパ西南端にあるイベリア半島は、歴史上、カルタゴ、ローマ、ヴァンダル、西ゴートなど実に多くの民族が通り過ぎていった場所です。南部はアンダルシア地方と呼ばれていて、アルハンブラ宮殿のあるグラナダ、闘牛で有名なコルドバ、海辺のリゾート地であるマラガなど人気のある街がたくさんあります。今回は、そのアンダルシアの街の一つ、セビリアをご紹介いたします。

 

セビリアは、本場のフラメンコが見られる街として有名です。フラメンコとはジプシーによってもたらされ、南スペインで開花した芸能です。ジプシーの起源はインドであろうといわれていて、アンダルシア地方に元からあった音楽とインドから持ち込まれた音楽が融合して生まれたのがフラメンコのようです。派手やかな踊りのように思われがちですが、もともとジプシーの歴史を背景として、その生活の中にあるはかない愛や苦しみが歌われている悲しいものでもあるのです。

 

バル(居酒屋)やレストランで、フラメンコのための板張り舞台のあるところをタブラオといいます。私はセビリア着いてすぐに、街の中心の広場の近くに「タブラオ」を見つけました。夜9時からショーのチケットを購入すると、時間まで街をぶらりと歩いてみることにしました。

 

最初に足を運んだのは、ムデハル様式というアラブの技術が施されている「アルカサル」でした。グラナダの「アルハンブラ宮殿」が「赤い城」といわれるのに対して、この「アルカサル」は「白い城」といわれています。美しいタイル・モザイクが独特です。

 

スペインという国の特徴は、カトリックの文化の中にイスラム文化の影響が色濃く存在していることだと思います。アンダルシア地方には、コルドバのメスキータ、グラナダのアルハンブラ宮殿など、イスラム文化のレベルの高さを伝える建築物が今でもたくさん残っています。

 

アルカサルの裏手にある細く入り組んだ路地が交差する旧ユダヤ人街へ行ってみました。家々の戸口にはタイル、窓辺には花、そしてパティオという噴水付き中庭があるのですが、これは、猛暑から逃れるために、中庭に緑を置いて、天然の冷蔵庫を囲む形で建物を造るという知恵からきています。セルビアの街を歩いていると、オレンジ木を植えた並木道や公園が多いことに気づきます。当然、道端にはたくさんのオレンジが転がっています。

 

さて、夜になり、いよいよタブラオへ向かいました。いざ中に入ってみると意外と狭く、幅5m、奥行き5mくらいのステージです。オープニングは、ギター弾き3人が美しいメロディーを奏でて盛り上げます。その後、ギター2人、歌い手2人、ダンサー1人という組合せで15分位ずつステージが進んでいきました。

 

私はフラメンコを習っている友達に練習を何度か見せてもらったこともあったのですが、その日そこで見たのは全くの別世界でした。生で聞かせるギターと歌は、何ともいえない情緒をかもし出します。マイクも使っていないのに、信じられないくらいの大きな音が心に直接響いてきます。ギターに合わせ、ダンサーに掛け声をかけながら歌う歌い手たちの声には深い哀愁が漂い、ジプシーたちのやり場のない愛と悲しみが伝わってきます。3人目の女性ダンサーは踊りとともに歌も披露したのですが、その声が何ともいえない物悲しさに満ちたもので、すっかり魅せられてしまいました。

 

そして最後のステージでは、2本のギター、6人のダンサー、3人の歌い手が狭い舞台の上であらん限りの力を歌と踊りにぶつけてきました。ある時は陽気な、ある時は物悲しげなリズムの歌に合わせ繰り広げられるダンス。カスタネットと扇子。激しく踏み鳴らされる足先。そのすべてが一体となり、激しく迫ってきて、彼らは全員汗だくでした。こうして約2時間のステージは、拍手大喝采の中で幕を閉じました。最高に感動した夜でした。

セビリアはビゼーの「カルメン」の舞台となった街でもあります。アントニオ・ガディス舞踊団の公演を観たこともありますが、その時に感じた貧しい農村、陽気な人々、激しく悲しい恋といった背景には、このアンダルシアがありました。セビリアでは、「カルメン」以外にも「セビリアの理髪師」や「ドンファン」など、人々を感動させ、親しまれ、愛されている世界的名作がたくさん生まれています。音楽も盛んで、オペラやコンサート、演劇などの公演も充実しているところです。