ドナウ川の終着地

 

ドナウ川は、ドイツ南部のシュヴァルツヴァルト(黒い森)に源を発し、黒海に注ぐ長さ2850kmの国際河川です。このような長い河川は大陸ならではの自然の産物で、日本のような島国では残念ながらお目にかかることはできません。今回はこのドナウ川を旅した時のお話しです。

 

 

 

ヨハン・シュトラウスの作品「美しく青きドナウ」でも有名なドナウ川は、ヨーロッパではボルガ川に次ぐ第2の長流です。ドイツ、オーストリア、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、ウクライナと10ヶ国を経て黒海に流れ込んでいます。現在では発電、灌漑にも利用されていますが、古くから東西ヨーロッパの文化伝播、物資交易の大動脈として利用されてきました。

 

ドナウ川は、その川沿いにある街々でシンボル的な存在となっていて、有名なクルーズもあちこちにあります。

 

例えば、ハンガリーのブダペストは「ドナウの真珠」とも呼ばれ、その素晴らしいパノラマはユネスコの世界遺産に指定されています。また、ウィーンからブダペストまでのクルーズも有名です。

 

私はブダペストやオーストリアのウィーン、ドイツのパッサウなどいろいろな場所でドナウ川を見るうちに、ドナウの終着地を見てみたいと思うようになりました。そして、ルーマニアのブカレストに滞在する機会が訪れた時に、ドナウ川の黒海に注ぐところを見に行くことを決心しました。

 

 

 

まず、ブカレストからドナウ川までは列車で行きます。車窓から見える景色は見渡す限りずっと平原だけです。私がぼんやりと景色に見とれていると、隣の席にいたおじいさんが話しかけてきました。列車が通り過ぎようとしているこの村で生まれたこと、今年70歳になったことなど一通り自分のことを話してしまうと、今度は私に、日本のどこから来たのか、どうやって来たのか、趣味は何かと質問をしてきました。おかげで列車の中の長い時間を退屈せずに過ごすことができました。

 

5時間半に渡る列車の旅の末、ドナウのすぐ横にあるトゥルチャという町に着きました。ドナウ川は、ブカレストの南部を西から東に流れた後北上し、このトゥルチャ付近から3つの支流に分かれ、さらに細かい無数の川となり、たくさんの湖を形成しています。大湿原地帯となっているこの地方をドナウ・デルタと呼び、陸地はわずか13%しかありません。豊かな大自然を多く残していて、山猫、カワウソ、鹿、猪など野生動物が生息する自然保護区域に指定されていますし、ユネスコの世界遺産にも登録されています。また、ヨーロッパ唯一のペリカンの生息地でもあります。

 

私は、支流の一つ、スリナ支流を小さな船で下ることにしました。私の他に旅行客はなく、乗客は地元の住民ばかりです。ゆっくりと川を下っていく船からは、素晴らしい自然が見渡せました。旅の疲れから、椅子にもたれかかったままとてもいい気分になり、ついうとうとしてしまいました。目を覚ますと、相変わらず目の前にはどこまでも広大な自然が続いていて、その美しさに感動しながらまたうとうとするという繰り返しで、とても優雅な時間でした。

 

 4時間の船旅の末、ドナウ川の終着地にあたるスリナという静かな港町に到着しました。町とはいっても、メインストリートがドナウ川沿いに一本あるだけで、それ以外は住居しか見当たりません。旅行客はほとんど来ることはないのでしょう。レストランに入ってみても食べ物はほとんど用意していませんでしたし、他には郵便局があるくらいのひっそりとした町でした。

 

 その日は、黒海に一番近い所にあるホテルに宿をとりました。ドナウ川の果てにあるホテルのテラスで、沈んでいく夕日を見ながら味わった夕食は、深く私の心の中に残っています。いろいろな国で見たドナウ川がこの地でその長い旅を終えるということを思うと、その壮大なスケールに胸がいっぱいになりました。