旅は道連れ

 

 ヨーロッパのスカンジナビア半島からロシアにかけての北極圏以北には、ラップランドとよばれる地域があります。ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアと異なる国にわかれているのですが、ここでは4000年も前からサーメとよばれる人々がトナカイの群れを連れて、季節にあわせて移動する遊牧生活をしています。

 

 これはわたしがそのラップランドを旅行して、ヨーロッパ最北端のノールカップ岬へ行った時の話です。

 

 この地方では、鉄道がないかわりに、長距離バス路線がとても発達していて、国境を越えて村から町へ、乗客といっしょに郵便物や新聞、小荷物などを運んでいます。運転手さんは、途中で何回も新聞の束や荷物を積みこんだり、郵便ポストの中身を集めては、次の村まで運んで渡すということをくり返しながらバスを進めていきます。

 

 わたしはある時、バスを乗り継ぎ、途中、村々で何泊かして、サンタクロースの村として有名なフィンランドのロヴァニエミというところへ向かっていました。ノルウェーのある町のバス停で、出発を待っていると、犬を連れたおじいさんがわたしに近づいてきてノルウェー語で何かを言いました。片言の英語が話せるバスの運転手さんに通訳をしてもらうと、その犬をフィンランドのある町まで連れて行ってほしいとのことでした。最初わたしは少し迷ったのですが、あまりにもおじいさんが一生懸命で、またちょうどひとり旅で退屈もしていたので、その犬を預かることにしました。

 

 犬は、日本の柴犬くらいの大きさで、色はまっ黒でした。わたしは犬の名前を聞いていなかったので、勝手に「クロ」と呼ぶことにしました。クロはとてもおとなしく、バスの狭い座席の下でクルッと丸まっていて、途中でバスに乗ってきた人たちが横を通っても、けっして吠えることはありませんでした。バスが何回か途中で長めの休憩をとる時には、バスからおりて、えさをあげたり、水を飲ませてあげました。クロが一番喜んだのは、やっぱり村を散歩することでした。どこの村でもそこをよく知っているかのようにあちこち歩きまわりました。でも、バスの出発の時間になると、ちゃんとバスに乗ってくれました。本当にかしこい犬でした。

 

 こうして、半日を過ごし、いよいよおじいさんから聞いていた町が近づいてくると、それまで座席の下でおとなしくしていたクロも、何となくそわそわし始めて、座席の上に飛び乗り、しきりに窓から外を見るようになりました。もうすぐ着くということがわかっていたのですね。

指定されたバス停にはおばあさんとその娘と思われる女性が待っていてくれました。わたしが何も言わなくても、クロは自分で急いでトントンとバスから降りて、2人の女性のところへ飛んでいきました。2人には何度もお礼を言われましたが、クロのおかげでわたしも退屈せずにとても楽しかったと、むしろお礼を言いたいくらいでした。

 

 私にとっては、たまたま道連れになった犬といっしょに国境を越える旅だったのですが、サーメ人のようにその地域に住んでいる人たちにとっては、国境はあまり意味をなしません。

 

 このように、世界ではもともとそこに住んでいた人たちの意思に関係なく、あとから他人がそこに人工的な境界線を引いてしまうことはよくあります。世界に出ていくと、わたしたちの知らないことは本当にたくさんあります。